「育つ」ことに心を向けること【網野武博先生「保育マインド」から】

02-25-2023

「育つ」ことに心を向けること

子どもに眼を向ける、心を向けるという点で、もう一つ重要なこと、つまり前節でふれた「育てる」、と「育つ」ことの重要性をあらためて確かめていきたいと思います。
ここで一つの例をあげて、それを深々と実感してみましょう。

俵万智氏に関するエピソード 松居直氏『絵本・ことばのよろこび』より

子どもたちが幾度も幾度も、繰り返し繰り返し、同じ本や物語を読んでもらう、語ってもらうという欲求はきわめて強いものです。親や保育者がこの欲求を受け止め、それに沿っていく営みは、幼児期の「ケア」の神髄にふれる典型です。
筆者は、ある機会に松居直氏(福音館書店会長)のお話をうかがい、そしてその著『絵本・ことばのよろこび』(日本基督教団出版局、1995年)を読む機会を得たことがあります。
そのなかで、ここでテーマとしていることと結びつく非常に興味あることを知ることができました。

それは、現代歌人と謳われる俵万智氏に関するエピソードでありました。俵氏が「サラダ記念日」(河出書房出版社)という歌集で一躍知られるようになったのは、1987年の頃です。彼女の歌の特長はみずみずしい生命力と言葉に対する感性の豊かさです。松居氏は、こう述べています。

「・・・20歳そこそこでどうしてこのような感性を身につけ、言葉のよろこびをしっているのだろう。これは今の大学や学校では残念ながら養われるものではない。こうしたことばの喜びの本質を体得するのは、もっともっと早い時期なのではないのか。小学校も低学年か、それよりも以前のような気がする。俵万智というひとの子ども時代のことば体験を知りたいものだと思いました」。

そして間もなく、松居氏はそれを知る手がかりを得ます。俵氏のエッセイ「『がらがらどん』にはじまって」(俵万智『リンゴの涙』文芸春秋社、1992年)のなかに、彼女自身が語る幼児期の絵本体験が記されていました。

それによると、彼女は2~3歳にかけて、母親に『三びきのやぎのがらがらどん』(ブラウン.M. 文・.絵(瀬田貞二訳)、福音館書店、1965年)という絵本を1日に幾度も幾度も読んでもらっていました。俵氏はおそらく2歳頃から1年以上にわたって、この絵本をよんでもらっていたようです。さらに松居氏の言葉を引用します。

幼児が同じ物語を読ませるのは、読んでもらうたびにおもしろく楽しいからです。心が躍るからです。その楽しさを幾度でも確かめることができるほど、喜びに充ちたものはありません。幼児が生き甲斐を感じる瞬間です。子どもは喜びを感じるときにこそ伸びやかに育つので、教訓や知識や理解で育つのではありません。

幼い俵さんはお母さんが読んでくれる絵本を通して、物語を通して、ことばが楽しみと喜びを与えてくれるものであることを体験します。ことばを聞く喜びをしったのです。ことばには見えないものを見えるようにし、生き生きとした喜びをもたらしてくれる力があることを、本能的に感じました。その楽しいことばの世界=物語を何百遍と耳で聞くことにより、その喜びを身体で感じとり、すっかり血肉にしてしまったのです・・・・・。

こうして耳から体の奥深く入ったことばの喜びは、やがて体から口をついてあふれでます。俵さんは三歳のとき文字をまだ読めなかったのに、『三びきのやぎのがらがらどん』の文章を一言半句違わないように語ったと書いています。それは「本を読んだつもりごっこ」だったそうです。この「一言半句違わない」というところに、わたくしは共感し納得しました。俵さんは特別な子どもではなく、これこそすべての幼児に、二歳から四歳のころに備えられている不思議な力です。
そしてこの一文を読んだとき、わたくしは「子どもはことばを覚えるのではなく、食べるのだ」と悟りました。

引用が長くなりましたが、これこそがまさに「育てる」ことと「育つ」ことの調和に彩られた、まことに両者にとって心豊かな体験の典型ではないでしょうか。

保育などの「ケア」においては、子どもの受動的側面、つまりベビーシッターなどの保育者によって「育てられている」営みとともに、子どもの能動的側面、つまり子ども自身が「育っている」ことを多大に配慮することが、いかほどに保育マインドの本質につながっていることでしょう。

★俵万智さんのお母さんは、決して「教え込もう」「育てよう」と思ったのではなく、「読んで」と毎日「三匹のやぎのがらがらどん」の絵本を持ってくる2~3歳の俵万智さんの「繰り返し読んでほしい」気持ちがわかり、同じ本を読み続けたのでしょう。
俵万智さんは、この本の最後の一文「チョキン、パタン、ストン はなしは おしまい」
を聞くのが大好きだったと、他のエッセイで述べています。その時の俵万智さんの溢れるような笑顔を見るのが、お母さんにとっても限りない喜びだったのだと思います。(広報担当 Yasuko) 

出典:在宅保育の考え方と実際 改定 ベビーシッター講座Ⅰ理論編(第二版) 2010年

網野先生からコンビスマイルのブログに次のようなメッセージをお寄せいただいています。

保育マインドの涵養は、保育の専門性として非常に大切であると思っていますが、この度このようにブログに掲載していただき、本当に有り難く思っております。なにがしかのお役に立てましたら、大変幸甚な次第です。

網野武博

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