前回の俵万智さんのエッセイの最後に、次のような三好達治の詩の引用がありました。
海よ、僕らの使ふ文字では、
お前の中に母がゐる。
そして母よ、仏蘭西人の言葉では、
あなたの中に海がある。(三好達治「郷愁」より)
詩人三好達治は、「海」という漢字の中に「母」という字を見つけました。フランス語では、母はmère、海はmerといいます。
前回のエッセイの続きです。(広報担当 Y.N)
ぼくの見た海はあおくなかったと 折り紙の青持ちて言うなり
三好達治の詩に出会ったのは、高校生のころ、その時は「ふーん、うまいこと言うなあ。こういうのは、見つけたもん勝ちやなあ」というぐらいの感想だった。
自分が実際に母親になってみると、なんと深い発見かと思う。海の持つ、あの包容力を、洋の東西を問わず、人は昔から母親のイメージに重ねてきたのだ。そして、できれば自分も、海のような存在に近づけたらと思う。
舟になろういや波になろう海になろう腕にこの子を揺らし眠らし
はじめての海から帰ってきて、しばらくしたころ、息子が鮮やかなブルーの折り紙を見て言った。
「おかあさん、うみ、こんないろじゃなかったね」
確かに、天気が悪かったこともあり、あの日の海はどちらかというとグレーに近い感じだった。だが、息子の持っている絵本には、どれもどれも真っ青な海が描かれている。
「こういう青い海もあるし、このまえ見たような色の海もあるんだよ。同じ海でもお天気や季節や時間によっても、色が変わるしね。おひさまが沈む時なんか、金色になっちゃうこともあるよ」
「ええっ、ほんと? みたいみたい!」
「でも、しょっぱいっていうのは、ご本に書いてあるとおりだったでしょ」
「うん! ・・・・・でも、貝は落ちてなかった」
確かに、砂浜を歩いてみたものの、図鑑のようには貝殻は落ちていなかった。そのことも、小さな心には、ひっかかっていたらしい。
その後、息子とはサイパンや沖縄に行き、まさに折り紙のように青い海と、図鑑のように貝殻の落ちている浜辺を楽しむことができた。が、最初の海がそうでなかったのは、むしろよかったかもしれない、と思う。何もかもが本に書いてある通りじゃない、ということを知るのも案外大事なことだろうから。
出典 俵万智の子育て歌集「たんぽぽの日々」 小学館
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