歌人、俵万智さんの思わず、ぷはっ と笑ってしまいそうな楽しい子育てエッセイです。
おさなごがビールの缶を抱きしめてぷはっと笑うそれは私か 俵 万智
愛読書は育児雑誌
息子が一歳前後のころすすんで愛読(?)していたのは、「ひよこクラブ」や「おはよう赤ちゃん」といった、育児雑誌だった。
日頃私が読んでいるのを、いつも見ていたから、それで興味を持ったのだろう。おもちゃでもそうだが、大人が「子ども用に」と用意したものより、大人が普段使っているものに、興味を持つことが多い。せっかく品のよい木製のおもちゃを用意しているのに、けばけばしい色のプラスチック製の調理用具なんかで、熱心に遊んだりする。
文字はもちろん読めないし、ストーリーというものがわかるわけでもない。そういう時期に、育児雑誌というのは、意外とおもしろいのかもしれない、と息子を見ていて思った。
自分と同じような赤ん坊が、いたるところに出てくる。その子たちが、お風呂に入っていたり、離乳食を食べていたり、ねんねしていたりする。時にはおしゃれな格好で、ベビーカーに乗っているし、時には見たこともないようなおもちゃに囲まれている。そういった写真を眺めているだけで、けっこう興味はつきないようだった。きまったページの女の子を気に入って、いつもそこでじーっと見入っていたこともある。
赤ちゃんの写真に親近感を覚えることに加え、薄手の紙で実にめくりやすいというのも、こういう雑誌のいいところだ。いっちょまえに「ふむふむ」という顔をして、上手にページがめくれるだけで、息子は気分がいいようだった。要は「本を読んでいるつもりごっこ」である。
「け!」の連発にぐふぐふ笑う
「け(毛)」という言葉を覚えたときには、すべてのページの赤ちゃんのアタマを指さして、「け!」「け!」と叫んでいた。
寝る前に、私が開いてやることも多く、タイトルを読みながら「赤ちゃんの育つ力をぐーんとつける本・・・・・け!」と、「け!」を時折挟むと、ぐふぐふ笑って喜ぶ。調子に乗って、「簡単離乳食メニュー・・・・け!」「湯冷め対策・・・・け!」「月齢別生活のリズム・・・・・け!」と。はたから見たら意味不明の「け!」を連発して、一緒に笑いながら、ページをめくっていた。
困ったのは、ベビーラックに座らせて離乳食を食べさせるときだ。このときにも雑誌をほしがる。テーブルに雑誌を乗せて「ふむふむ」と、めくりながら食べると、食事がスムーズに進むので、つい習慣にしていたら、私の母に「行儀が悪い」と叱られてしまった。
「でもまあ、しかたないかもしれないわね。あなたが毎日やっていることだから」とさらに言われて、そこではじめて、はっとした。そうか、これも私の真似だったのか。何を読むかだけではなく、どう読んでいるかまで、観察されていることを知り、大いに反省した。
おさなごがビールの缶を抱きしめてぷはっと笑うそれは私か
★俵万智さんの楽しく子育てをする様子が伝わってきます。
せっかく選んだ絵本よりも「育児雑誌」のあるページの女の子にじーっと見入ったり、洗練された木のおもちゃよりもけばけばしい色のプラスティックの調理用具で楽しそうに遊んだりする息子さんを微笑ましく見つめる視点や、「・・・・・け!」の面白いこと。
楽しい子育てはお子さまに伝わります。生きていることって楽しいんだ! とお子さまが思えることが何よりも素敵な親から子どもへのプレゼントなのかもしれません。(広報担当 Y.N)
出典
書名 「かーかん、はあい 子どもと本と私」
著者 俵 万智
発行所 朝日新聞出版
2008年11月30日 第1刷発行