歌人、俵万智さんが「子育ての日々のなかで、心のシャッターを切るように書いてきた」という子育て歌集「たんぽぽの日々」から、歌とエッセイをお伝えしていきます。
今回は「ベビーシッター」をテーマにした歌とエッセイです。
我よりも年若きベビーシッターに 子は生き生きと抱かれており
結局、ずっと中途半端だったし、今もそうなのだけれど、中途半端であるがために、預けるよさも、預けないよさも味わえたのかもしれない。
シッターさんというのは、子どもの扱いにかけてはプロである。自分より年は若くても、さすがだなあと思うことが何度もあった。
幼稚園に通うようになった息子が、これまで一度もお弁当を残したことがないのは、二歳のころレギュラーで来てもらっていたシッターさんのおかげではないかと思う。私が用意した昼食を子どもと食べるとき、最後はいつも「あつまれ~あつまれ~」とおかずさんたち(?)に声をかけていたそうだ。息子は今も「あつまれ~あつまれ~」と楽しげにやっている。
遊ぶときの姿勢も、参考になった。「これをして遊んでやろう」と意気込むのではなく、今どんなことに興味があるのかをシッターさんは「待ち」の姿勢で、観察している。その結果、ティッシュ一枚でもひも一本でも、子どもが大喜びするような遊びに発展させることができるのだ。
シッターさんだけでなく、私の両親をはじめ、二人の叔母やいとこまで、とにかく頼れる人には頼りまくってきた。子どものおかげで、自分自身の人間関係も、濃くなったように思う。いろんな大人の目で見てもらうことは、子どもにとっても、プラスだろう。
そして、誰かに預かってもらうことの、最大のメリットは、自分が「やさしいおかあさん」になれることだ。数時間会わないだけで、子どもに対して、ずいぶん心が広くなるのを実感する。
では、預けないほうのよさはというと、これはもう、「子どもとの時間を味わえる」ことにつきる。なんせ仕事場が家なので、子どもの「初めて」を目撃できる率は高かった。初寝返り、初歩き、初おしゃべり・・・・・・。
が、子どもの行動範囲が広くなり、このごろは見逃しも多い。初回転寿司はじいじと、初映画は叔母と体験して、息子は帰ってきた。中途半端な母が、悔しい思いをするのは、こういうときだ。
出典:俵万智の子育て歌集「たんぽぽの日々」
俵万智著
小学館(2010年)