さくらさくら さくら咲き初め咲き終り なにもなかったような公園
デンマークの高校生に、短歌の話をしたことがある、学校の教室だったが、きちんと椅子に座ってではなく、生徒たちは思い思いのスタイルだった。床で膝を抱えていたり、机の上にぴょんと腰掛けて足を組んでいたり、それだけで私にはカルチャーショックだったが、みな熱心に話を聞いてくれて、結果、何の問題もなかった。
古典の短歌は古めかしく見えても、そこに詠まれた心情は、今に通じるものがある・・・・・・その例として「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし(この世に桜というものがなかったなら、春の心はどんなにのどかなことだろう)」という在原業平の一種を紹介した。日本人は今でも、桜の季節が近づくとそわそわし、咲いたら咲いたで高揚し、散ればまた気が抜けたようになる。まさにこの花のためにのどかでない春を過ごしている。
だが、彼の地の高校生たちは、ぽかんとしていた。なぜ大の大人が、花ごときにそんなに振り回されるのか、という顔をしている。補足のために「桜前線」のことを話すと、ゲラゲラ笑いだす始末。「花が咲きそうかどうかがニュースになるなんて」というわけだ。
考えてみれば、ずいぶん呑気な話かもしれない。しかし春の私たちは、呑気というよりやはり、桜に心乱されているというのが実感だ。桜の季節が過ぎると、なんだか夢から覚めたような気分になる。
子どもとの時間にも、似たようなことを感じる時がある。いつになったら歩くんだろう、いつになったらしゃべるんだろう、そわそわ待っていた時期から、大喜び大騒ぎの時期が来て、やがては何もなかったように日常に戻ってゆく。成長した姿の方が、当たり前になるからだ。
小学生になる、中学生になる、そういう節目節目にも、きっと同じような「桜騒動」があるのだろうなと思う。そんな時間を重ねながら、若木だった子どもも、いつしか大木になってゆくのだろう。
俵万智の子育て歌集「たんぽぽの日々」 小学館 より
※2024年の桜は3月19日ごろ開花、と予想されていたのが、東京では3月29日に開花がスタート、4月4日に満開となりました。満開の桜の花のもとで迎えた入園式、入学式。とりわけ保護者の方にとって、忘れられない思い出になったことでしょう。
「桜前線」にわくわくするように、幼子の日々成長する姿にわくわくする日々・・・。でもそれは束の間。
桜の季節も終わり、あっという間に訪れるであろう酷暑の日々。
季節の移り変わりのように加速度的に大人に向かっていく、かつての幼子たち。
「何もなかったような公園」に立ち尽くしながら、桜の幻影に思いを巡らせます。
(広報担当 Y.N)
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