今回は俵万智さんの、あまりお絵かきの好きでなかった息子さんが、ある「きっかけ」で、楽しくお絵かきをしたというエッセイを「かーかん、はあい! 子どもと本と私②」の中からご紹介します。(広報担当 Y.N)
真っ白い紙とクレヨンを手渡せば、子どもは喜んでお絵かきをするものだと思っていた。
「さあ、どうぞ~、なんでも、好きなように、自由に描いていいよ!」
初めてクレヨンを買った日、張り切って息子にそう言ったが、クレヨンの色分けをしたり、紙をむいたり、そんなことばかりして、ちっともお絵かきは始まらない。
思い出してみれば、私自身、それほど図画工作の類が好きな子どもではなかった。いや、むしろ図画の時間などは、憂鬱だったぐらいで、いつも「はぁっ、なんでもいいって言われても、別に思いつかない・・・・・・」と白い画用紙を見つめていたクチだった。
砂遊び粘土お絵かき三輪車それほど私、好きじゃなかった
自分が得意なことは、わりとうまく子どもを導けるものだが、苦手なこととなると、どういうふうに興味を引き出してやればいいのか、どんなきっかけを与えてやればいいのか、皆目見当がつかない。どうしたもんかなあと思っていたところへ、『あなぼこ ぬるほん』という可愛らしい本を、知人からプレゼントされた。
それぞれのページに丸や三角などの穴ぼこが開いていて、そこを塗る。塗ってからページをめくるとそれがヘビの水玉模様になっていたり、穴ぼこが魚のしっぽになっていたり、という仕掛け。ただ塗るだけで、なんとなく絵を描いたような気分を味わえるし、塗ったものが次のページでどうなるのか、遊びの要素もあって、わくわくする。
「これは、なにになるのかな?」「あっ、りんごだ」なんてやっているうちに、いつの間にか息子が、実に楽しそうにクレヨンを持っていることに気づいた。
ただ真っ白な紙をいきなり与えられただけでも、喜んで書きだす子もいるだろう。が、息子のように戸惑ってしまうタイプには、こんなふうに「穴を塗る」と言う課題があることが、小さな一歩を踏み出す手助けをしてくれる。これこれ、私が求めていた「きっかけ」は、こういうことなのよ、と思った。
考えてみれが、自分が日々作っている短歌だって、そうだ。まっさらな原稿用紙に、何文字でもいいですよ、好きなように書いてくださいと言われたら、かえって困ってしまう。三十一文字という決められた型があるからこそ、言葉が出てくるし、心をまとめることができる。三十一文字は私にとっては、きっかけとなる小さな穴ぼこなのである。
最近、本屋さんをブラブラしていたら「ねえ、これ穴ぼこの本じゃない?」と息子が見つけてきた一冊がある。『あなぼこ ぬるほん』の姉妹編らしく『どんどん ぬるほん』(La Zoo構成・デザイン・イラスト、学習研究社)とある。さっそく買ってきて、今どんどん塗っているところだ。塗る本といっても、いわゆる塗り絵とは違って、魚の模様を考えたり、蜘蛛の巣を自分でもじゃもじゃ描いたりと、創意をうながす工夫がなされている。これもまた、きっかけ満載の本だ。
出典「かーかん、はあい! 子どもと本と私②」 俵 万智 朝日新聞出版
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