「はやく!」「いっしょに!」「がんばって!」 【網野武博先生「保育マインド」から】

01-20-2023

「はやく!」「いっしょに!」「がんばって!」
この言葉から、何を思い浮かべますか?
網野武博先生の「保育マインド」から、私はこのもつ言葉の意味を改めて考えました。
(ベビー&キッズシッター Y.N)

眼や心が受容的、寛容的、肯定的であること

真に豊かなヒューマン・リレーションシップは人間理解と人間受容にある

保育マインドの本質的な姿勢をマスターしていくことは、<人と人との価値的なかかわり>つまり定義のところで述べた<ヒューマン・リレーションシップ>をもつことのできる人間性と感性を備え、磨いていくことに結びついていきます。真に豊かなヒューマン・リレーションシップは人間理解と人間受容にある、と筆者は確信しています。
その根本は、真に子どもに眼や心を向けることです。子どもを大人と対比した「子ども」の一人として受け止める前に、一人の「人間」であると受け止めることのできるマインドです。

※保育マインドの本質は、いかに子どもを一人の「人間」として受け止めて、理解し、受容するか、というところにあるのですね。
私はどうしても「大人」対「子ども」のように受け止めてしまいがちです。どうしたら、子どもを一人の「人間」として受け止められるのでしょうか?(ベビーシッター Y.N)

大人は「強者」で子どもは「弱者」?

子どもはたしかに弱者として生まれてきます。人生の初期にあるほど、保護され、庇護されずして生命を育み、適応していくことはできません。いかにもか弱く未熟であるという親や大人の思いが、子どもへの愛を育む側面にみられることは間違いないでしょう。「ケア」が求められ、あるいは「ケア」が当然のように行われる所以でもあります。それが子どもの権利を守るうえで必要不可欠なものです。

しかし、親や保育者たちは、養育や保育という「ケア」の連続的な営みのなかで、そのか弱く未熟な、いつも子どもが自分たちをしたから見上げているような存在として、つまり「「子ども」として受け止めることに容易に慣れてしまいます。しかも両者の関係が強者・弱者の関係、成熟者・、未熟者のような錯覚に陥る誘惑がつねに存在します。
このような優越感、幸せ感、満足感は、なかなか手放せないのが通常の心理というものです。

それは、子どもが、「人として尊ばれる」「社会の一員として重んぜられる」などという理念の本質的な意味を曇らせてしまいます。そんなことはわかっている、というお題目主義になる危険が増幅していきます。
子どもは「子ども」であることの前に、まず「人間」なのだという意識、子どもは同じ人間として、あの人権と称されるものを全く等しく保証されるべき存在なのだという意識、それを自覚し、高めることは容易ではありません。

※大人は強者で子どもは弱者、大人は成熟していて子どもは未熟なもの、という思い込みは、錯覚なのですね。日頃ついそのように感じてしまう私自身。ひょっとしたら、子どもの方が成熟していて、私の方が未熟な点があるのかもしれない・・・。
子どもは大人と同じく「人間」なだ、という意識を持ち続けていくことこそ大切なのですね。
大人より小さくて、言葉での表現も大人と同じようにできないけれど、子どもを、一人の「人間」として尊重すること、常に心に留めて保育をしたいと思います。(ベビー&キッズシッター Y.N)

保育の場面でありがちなこと

保育士資格をもち、保育所などの集団保育を経験した方々は、それらの保育とベビーシッターによる訪問・在宅保育の特徴である個別保育との相違や共通性についていろいろと考えた経験をもっているでしょう。
筆者は、過去何回かにわたって、集団保育にたずさわっている保育者の方々に、日頃の保育場面で意図的・非意図的を問わず、最もしばしば、あるいはつい口から出やすい言葉かけはどのようなものかについて答えてもらったことがあります。その時々で若干の相違があるものの、上位三つを占める言葉にあまり相違はありませんでした。

「はやく!」「いっしょに!」「がんばって!」

その三つとは「はやく!」「いっしょに!」「がんばって!」です。
いろいろな場面が思い起こされるでしょう。例えば、昼食の風景、共同制作課題の場面等。そして、このような結果にうなずく方も多いかもしれません。これらの言葉が本当に必要な状況はもちろんあります。しかし、その言葉の背後に共通しているものは、本当にその子に眼を向け、心を向けて発したものだろうか、という点です。この状況に適応できる子どもたちばかりでしょうか。

遊びに夢中で、保育士の声が聞こえない子、急かされるほど、食べ物が喉を通らなくなる子・・・・・。それらをわがままで、言うことを聞かない子と受け止めてしまう危険はないでしょうか。何でも遅れがちでしょうがない子と受け止めてしまう危険はないでしょうか。

※これこそ、保育者が「強者」として「弱者」である子どもを支配するかのように発せられたことばですね。私もつい使っていることがあります。
本当にその子を一人の「人間」として、眼を向けたとき、心を向けたとき、「はやくできない理由」「いっしょにできない理由」「がんばれない理由」があるはずです。
これからは、食事が食べられないときは「どうしてご飯が食べられないのかな?」「食べたくない気持ちなのかな?」と優しく一人ひとりの子どもの気持ちに寄り添いながら、聞いてみようかと思います。
製作が進まないときには「ここまでは上手にできているね」「作り方がよくわからないのかな?」「少し手伝ってあげようか?」と一人ひとりの子どもの様子に眼を向けてみようと思います。
ベビー&キッズシッターの仕事の場合は、一対一なのでその子どものペースに合わせることができます。(ベビー&キッズシッター Y.N)

前述したように、「ケア」の落とし穴は、子どもを保育する立場にある人の圧倒的に優位にある関係が、子どもを管理し、支配し、拘束する傾向をどうしても高めてしまうことにあります。
この世でたった一人しか存在しないそれぞれの子ども、それぞれがよりよく生き、生涯にわたってその個性や可能性を発揮しようとしている一人ひとりの子どもたち、つまり価値ある一人ひとりの「人間」として受け止める眼と心を曇らせる状況が、保育という状況にも生じがちなのです。
一人ひとりさまざまな個性や能力、可能性をもって生きようとしていることに価値を見出す時、人は他者に対して受容的、寛容的、肯定的になることができます。

※「不適切保育」が行われているというニュースを見ます。このような時代だからこそさらに、一人ひとりの子どもたちを価値ある「人間」として受け止める保育マインドが大切なのだと思います。(ベビー&キッズシッター Y.N)  

出典:在宅保育の考え方と実際 改定 ベビーシッター講座Ⅰ理論編(第二版) 2010年

網野先生からコンビスマイルのブログに次のようなメッセージをお寄せいただいています。

保育マインドの涵養は、保育の専門性として非常に大切であると思っていますが、この度このようにブログに掲載していただき、本当に有り難く思っております。なにがしかのお役に立てましたら、大変幸甚な次第です。

網野武博

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